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第二章「ユーモア絵画」

第二章「ユーモア絵画」


 随分長い時間に感じた。やっと、それらしいスチール製の黄色い置き看板が目に入った。「喫茶ギャ

ラリー」の黒い文字が辛うじて読めた。
 

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 僕は最後のダッシュをかけた。そして、とうとうそこに辿り着いた。

 
 中に入り、怒涛の雷雨から開放されれば、びしょびしょになっている不快感やホッとする感じより

も、ちょっとした達成感の方が勝って感じられたのが意外だった。

 
 なかなか広い店内を見渡すと、なるほど表の看板の文字の意味が理解できた。四方の壁にズラリと

絵画が展示されてあったのだ。だいたい六号から八号位の大きさの絵画が主流だろうか、品良く整然

と掛けられてあった。

 
 ニ脚づつ椅子のついた八台のテーブルが中央に寄せて置かれていて、ちゃんと絵画を傍で鑑賞できる

ようなスペースが設けられてあった。

 
 すでに四つのテーブル席が埋まっていて、その中に先ほどの営業マン二人組もいた。二人とも不平不

満が溜まりきったような渋い顔をしながら向き合い、ホットコーヒーを啜っていた。


(ホットコーヒーを注文するのはやめた方が良さそうだ)

 彼等の姿を見て何故かそう思ってしまった。

 
 さて、いつまでも突っ立っていたら馬鹿みたいだ。僕は空いているテーブル席に歩み寄り、椅子を

引いて腰を下ろした。

 
 間もなくアルバイト風のウエイトレスが注文を取りにきた。

 
 僕は全身がびしょ濡れになっている後ろめたさなどから少しモジモジしてしまったが、

「・・・アイスコーラ、じゃなくて、コーラ」

 注文した。


 大分落ち着いたところで今度はバッグの中身が濡れてないか点検した。一応防水タイプなので、大丈

夫であった。

 
 椅子に座ったまま、あらためて四方の壁を見渡した。あくまで気分的な手持ち無沙汰を紛らわせる

為だった。

 
 サラーと見ていくと、抽象画と写実画が半々位といったところだった。洗練された絵画ぱかりで、

当たり前のことだけど高校のコンクールとはレベルが違っていた。それぞれの絵画の下の壁面には一

枚のプラスチック製のプレートが貼り付けられてあり、そこにタイトルや作者の名前が刻まれてい

るようであった。


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 そして、その時、その絵画は、言い難い印象をもって僕の目の中に飛び込んできた。それはモチー

フに起因していた。

 白い壁を背にしておそらくは同種のフライパンが二つ並んでフックに掛けられてあるのだが、一方が

まるで新品のようにピカピカなのに比べ、一方は底の部分がボコボコに歪んでいるのだ。

 
 絵画にはいろいろなものがある。美しさ、奇妙さ、怖さ、それぞれの絵画にはそれぞれの主題が

あったりする。「その絵画」はその変なモチーフで一体何を狙っているのか? 

 ただ、距離を置いて見ても,とても丁寧に重厚に仕上げられているのが分かった。

 
 僕は思わず腰を上げた。その絵画の傍まで来ると、真っ先にその下に貼り付けられたプレートを

見た。


「タイトル『料理用と亭主殴り用』作者名『吉田公平』」と刻まれてあった。

 
 この時、僕はこの絵画が大好きだ、と感じた。だって、なんだよ、この美しくない、奇妙でもない、

怖さもない、世の中を食ったような変なモチーフ、おかしいよ。他人がこの絵をどう評価するか当

然僕には分からない。でも絵画というものを観て、こんなふうな新鮮な喜びを得たのは僕にとっては

初めての体験だった。

 
 それからぐるりと店内を回って全ての絵画を間近で確認してみたが、それ以外、その作者の作品

はなかった。

 
 取りあえず席に戻ると、注文してあったコーラがきていた。腰を下ろし、ストローに口をつけな

がらあらためて「料理用と亭主殴り用」に視線をやった。他の絵画と比べると、それはとても場違

いな雰囲気をを堂々と醸し出していて、おかしかった。世の中を得体の知れない怖いもののように

とらえ、萎縮しながら生きてきた僕にとって、逞しくも感じられたんだ。

 
 そして、僕は具体的なあることが気になり始めた。あの絵画、一体幾らするのだろう? 展示さ

れてある他の絵画の何枚かには「売約済み」の札が貼ってあるが「料理用と亭主殴り用」には何も

貼られていない、ということはまだそうなってはいないということなのだろう。まだ世間的には無

名の画家だろうから、それほど高い値はついていないかもしれない。もしかしたら僕の微々たる貯

金で手に入るかもしれないと思ったら、ウズウズしてきた。

 
 僕はまた腰を上げた。自分でもびっくりしていた。物事に対してこれほど積極的になったのは物

心ついてから記憶がなかった。そうだ、なかったんだ。


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      第三章「導き」に続く

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