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第三章「導き」

第三章「導き」

 ウエイトレスに聞いてみようと周囲を見回したが、どこかへ用を足しにでも行ったのか、彼女の姿は

見当たらなかった。仕方がないので、僕は奥の厨房に歩み寄ると、


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「すいません」

 眉間に皺を寄せながら料理の仕込みのようなことをしていた店のマスターらしき大柄な中年男性

に恐る恐る声をかけた。

 
 中年男性はビクンと身体を反応せると、僕のことをゆっくり見てきた。目が合った途端、表情を和ら

げ、

「何だい?」

 人懐っこい口調で答えてくれて、僕の緊張もかなり和らいだ。


「ここに展示されている絵画のことなんですけど・・・」

「気に入ったものがあったかい?」

「はい。吉田公平さんの絵画のことなんですけど・・・」

「ああ、吉田さんの作品か・・・面白いものに目をつけたね・・・でも、ごめん。あの絵画、お売り

することができないんだ」

 マスターは痛々しい位なまでにすまなそうな表情をした。


「もう売れちゃったんですか?」

 聞くと、


「いや、そういうことでもないのだけど・・・実は、さっき吉田さん本人から電話があってキャンセ

ルしたいっていうんだ。もし出来ないような自分が買い取るからって・・・」

「キャンセルって絵画を売ることをですか?」

「そうなんだ。いろいろと手違いがあったらしくて・・・」

「だったら吉田さんの家の住所を教えて貰えませんか?」

「住所? どうして?」

「いや・・・あの・・・」

 僕は口ごもってしまった。画家さんの家に行って一体何をしようというのだ? しかも怪し

いし。ほとんど何も考えずに感情のようなものだけを先走らせてしまったことに恥ずかしさを

覚えたが、それでも言ったことに後悔のようなものも全く感じていなかった。

 
 僕の様子を見て、マスターはニコッとすると、

「そうか・・・よっぽど吉田さんの絵画が気に入ったみたいだね。君は絵画少年だな」

 僕のことを絵画少年と決め付けた。更に、

「吉田さんの絵画は色々観せてもらったけど、彼の作品というのはモチーフが捻ってあって面白いし、

だからって基本的な部分を蔑ろにしている訳でもないから、 僕も大好きだよ。よし、今、電話して

聞いてみてあげるから」

 言ったかと思うと、棚に置かれてあった小さな皮バッグの中から手帳を取り出し、それを開いて

見ながら、今度はズボンのポケットから携帯電話を取り出して番号をプッシュし、耳にあてた。


 留守電かお話中にでもなっていたらしく、一旦切った。そして、あらためて手帳を捲り、別のどこか

の番号を探しているようだった。どちらの番号も携帯電話のメモリーには入れていないらしかった。

 
 僕は手を煩わせてしまい申し訳ないという思いもあったし、話が大袈裟になってきてしまったような

気がして、正直ビビッてもいた。

 
 間もなくマスターは目的の番号を見つけたらしく、それを見ながらまた携帯のボタンをプッシュし

た。


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 少し待って、相手が出たらしい。軽くその相手と挨拶を交わした後、謝られてでもいるのか凄く恐縮

したような受け答えをしていた。その後、どうやら相手は本人の弟さんらしく、お兄さんにその旨を伝

え返事を聞いて貰えるよう頼んでくれていた。やがて話はまとまったようで、マスターは電話を切っ

た。


「今ね、吉田さん本人と繋がらなかったんだわ。それでね、弟さんに聞いてもらえるように頼んでおい

たから。多分、アトリエの方にだったら来て貰っても大丈夫だろうってことだから」

「そうですか」

「こっちから電話するかい?」

「いえ。こちらから電話させていただきます」

「そう。取りあえず、ニ、三日経ったらここに電話してみて」

「はい、有り難うございます」

 僕は頭を下げた。


 その日の夜、僕はベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。どうしても昼間観たあの絵画のことを

考えてしまい、そうするとアドレナリンが分泌してきて目が覚めてしまうのだった。

 
 僕という人間は元々既存のものを素直に受け入れるのが苦手なタイプだったと思う。それまでの十七

年の人生の中で何かに夢中になったというような経験がなかった。もっともそれは生まれつきの僕の怠

惰な性格によっていたものなのかもしれないが、どうしても周囲と冷めた目で対峙してしまう、という

か、対峙するだけの自信もなかったんだ。

 
 だから、あの絵画に強烈に惹かれたのだ。周囲に同化しようともせず、堂々として、人を食った

ようなあの絵画を描いたのは一体どういう人物なのだろう? どんな環境の中で育ったのだろうか? 

どんな考え方の持ち主なの? それにしても、一旦売りに出した絵画をわざわざ買い戻すなんて、

一体何があったのだろう?

 色々と考えているうちに夜は更け、やっぱり僕の意識も途切れていった。

 
 二日後、僕が喫茶ギャラリーに電話を入れると、マスターが出た。


「ああ,君か。電話待ってたよ~。アトリエの方だったら来てもらってもいいってさ」

「有難うございます」

「どうたしまして。でね、平日の午後から夜中にかけて、だいたいそこで仕事をしてるってことだか

ら。いつでも来ていいってさ。ところで何か書くもの手元にあるかな?」

「はい」

「じゃあ、住所言うね」

 
 それから僕はそれを紙に書き留めると、再度礼を言った。


「吉田さんて人はね、凄く面白い人だよ。じゃあ、そういうことで」

 マスターは最後にそう言い残すと、電話を切った。


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第四章「ユーモア画家」に続く

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